新しい生活

※RAPTブログを勧めるのはやめました。聖書を読みましょう

奴隷から脱出する

昔エジプトに「どれい」がいた。

と社会で習いました。


しかし、現代もまだ奴隷は残っていて、気をぬくと奴隷になったり、誰かを奴隷にしてしまいます。


会社の奴隷、恋人の奴隷、子供の奴隷


無意識に上下関係を作ってしまい、支配されたり支配したり。


さらに時間の奴隷、情報の奴隷、生活の奴隷


なにかに振り回されてませんか?


一度、心に立ち返って疲れてないか、生き生きできているか、わくわくしてる?楽しめてる?

気をつけながら生きたいです。

キリストとは

キリストとは、私にとって「清らか」と同じです。

小学校の頃、「理想の子供」的な項目に「清らかな心」とか書いてあって、よく意味がわからなかったけど、人に意地悪をしない、欲張らない、優しくする。

人は心ではわかってて、小さな子でも欲から意地悪をしてしまったら、心が暗くなる。自分の気持ちが暗くなる。清らかでいるとは、心を明るく保つこと。

私にとって、キリストは心を明るく保つ、清らかな状態でいることに落ちつきました。

最初はいろいろ裏はないか、献金とかでお金をとられるんじゃないか、なんて警戒したけど、聖書を買ってお祈りして、賛美歌の動画をみたりして、1人でもできる心の掃除みたいになってます。

うっかり

気付いたら、しばられていました。

心ががんじがらめです。


気をぬくとすぐこの社会の常識にとらわれてしまいます。


深呼吸してみて、力がはいっているところがないか、心がぎゅーっと締め付けられていないか、確認してみてください。


もし、しばられていたら、落ち着ける誰も見てないところに行って、とりあえずゆるゆる〜っとしましょう。ほぐれるまで、とりあえず少しづつでも、ゆるゆる〜っと。


じゅうぶんにほぐれたら、何でしばられたのか考えて、心を整えましょう。


これ、気づけないとどんどんぎゅうぎゅうしばられて、圧縮されたふとんみたいな人間になるので気をつけましょう。

いつもふわふわのクッションみたいにしておきましょう。

やすらかな心

今、あなたの心はどんな状態ですか?

やすらかですか?おだやかですか?


空の流れる雲のように、小川の水のように、穏やかに流れている状態は心地がいいです。


心を乱すようなものが来たら、そっと離れましょう。


ゆるやかな流れをキープしながら生活しましょう。

信じるものについて

なんだか、よく見られている記事の一覧で、RAPTブログについてのものが多いようなので、


自分の心が求めるものを信じましょう。

迷いがあるなら、迷いましょう。


大丈夫です。神様は神様なのですから、あなたが真剣に神様を求めて考えて生きていれば導いてくれます。


私はRAPTブログで聖書に出会って、今はRAPTブログからは離れて聖書を中心に信仰しています。


それは、私が考えて調べてそうしています。世界で唯一正しいのかはわかりません。

でも、真剣に神様を求めていれば、たとえこの選択が間違っていても、神様が正してくれると信じています。


毎日が与えられたものです。感謝して大切に生きましょう。

人に命じる

神は人に命を与えました。全てをつくりました。

でも、人は命を与えることはできません。命を与えられている立ち場です。


そこで、私たちが、「命じる」「命令する」ことはできるのでしょうか。


できませんよね。

ものすごく平和な仮説

私はなんのために生きているのだろう

癒しの平和の世界を作るため


という仮説にたどり着きました。

ぼのぼの(アニメとか漫画です)の世界って不思議で不条理なエピソードもありますが、基本のんびりしていて、読んでいて癒されます。


もしかして、神はそんな世界を作りたいのかな?

隣人を愛したり、イエスが天に戻ったあとは持ち物を共有して和気あいあいと暮らしていたり。


立派なことをするとか、人のために生きるとか、特に、誰かのためにやりたくないことをしたり、苦労したり、そういうことではなく、

のーんびりと、へいわーに、自由に、穏やかに人が暮らしている世界が作りたかっただけなのではないかな?と思いました。


そこに、我慢して生じる怒りや、世間体、偽善、立派になりたい、認められたいという感情から生じる妬みなどは必要ないのではないかな。と思いました。


じゃあ私はどんな風に生きればいいのかは、また考えるしかないですね。でも「ほのぼのと癒しの世界」で半分くらい答えは出ているような気がします。